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(without music and Public Domain file: ascension-of-k-motojiro-02)

Music
Artist: Kaare Norge: outstanding classical guitar
Album: Fantasia 12-Midnight


transcript

私とK君とが口を利いたのは、こんなふうな奇異な事件がそのはじまりでした。そして私達はその夜から親しい間柄になったのです。
しばらくして私達は再び私の腰かけていた漁船のともへ返りました。そして、
「ほんとうにいったい何をしていたんです」
というようなことから、K君はぼつぼつそのことを説き明かしてくれました。でも、はじめの間はなにか躊躇(ちゅうちょ)していたようですけれど。
K君は自分の影を見ていた、と申しました。そしてそれは阿片(あへん)のごときものだ、と申しました。
あなたにもそれが突飛でありましょうように、それは私にも実に突飛でした。
夜光虫が美しく光る海を前にして、K君はその不思議な謂(い)われをぼちぼち話してくれました。
影ほど不思議なものはないとK君は言いました。君もやってみれば、必ず経験するだろう。影をじーっと視凝(みつ)めておると、そのなかにだんだん生物の相 があらわれて来る。ほかでもない自分自身の姿なのだが。それは電燈の光線のようなものでは駄目だ。月の光が一番いい。何故ということは言わないが、――と いうわけは、自分は自分の経験でそう信じるようになったので、あるいは私自身にしかそうであるのに過ぎないかもしれない。またそれが客観的に最上であるに したところで、どんな根拠でそうなのか、それは非常に深遠なことと思います。どうして人間の頭でそんなことがわかるものですか。――これがK君の口調でし たね。何よりもK君は自分の感じに頼り、その感じの由(よ)って来たる所を説明のできない神秘のなかに置いていました。
ところで、月光による自分の影を視凝(みつ)めているとそのなかに生物の気配があらわれて来る。それは月光が平行光線であるため、砂に写った影が、自分の 形と等しいということがあるが、しかしそんなことはわかり切った話だ。その影も短いのがいい。一尺二尺くらいのがいいと思う。そして静止している方が精神 が統一されていいが、影は少し揺れ動く方がいいのだ。自分が行ったり戻ったり立ち留ったりしていたのはそのためだ。雑穀屋が小豆(あずき)の屑を盆の上で 捜すように、影を揺ってごらんなさい。そしてそれをじーっと視凝(みつ)めていると、そのうちに自分の姿がだんだん見えて来るのです。そうです、それは 「気配」の域を越えて「見えるもの」の領分へ入って来るのです。――こうK君は申しました。そして、
「先刻あなたはシューベルトの『ドッペルゲンゲル』を口笛で吹いてはいなかったですか」
「ええ。吹いていましたよ」
と私は答えました。やはり聞こえてはいたのだ、と私は思いました。
「影と『ドッペルゲンゲル』。私はこの二つに、月夜になれば憑かれるんですよ。この世のものでないというような、そんなものを見たときの感じ。――その感 じになじんでいると、現実の世界が全く身に合わなく思われて来るのです。だから昼間は阿片喫煙者のように倦怠(けんたい)です」
とK君は言いました。

Many thanks for the text :
Aozora-Bunko (http://www.aozora.gr.jp)
Original text here (http://www.aozora.gr.jp/cards/000074/files/419_19702.html)